ぶらっと、草津に行って来ました。
↓草津のマンホールの蓋です。
高層建築が建ち並び、市が活力と魅力ある都市として、発展する姿をイメージしデザインしたものだそうです。
中央の「市章」は、「く・さ・つ」を図案化したもので、全体を横にすると、草津市が「日本の中央」に位置することをあらわしています。
2012年7月18日水曜日
2011年10月22日土曜日
洪水碑
東近江市(旧能登川)伊庭町で見つけました。
この大水害は、9月3日から12日の10日間に、滋賀県の年間雨量約1,900mmの半分以上に匹敵する1,008mmもの雨が降り、特に7日は1日で597mmという大豪雨が発生したことによるものです。そのため、琵琶湖の水位がB.S.L.+3.76mまで急上昇し、周辺地域に大洪水をもたらしました。
ちなみにこの水位の高さは、私の肩くらいまでありました。
東日本大震災の報道番組に、津波の碑がテレビで写っていたのを思い出しました。
先人が子孫に自然の怖さを伝える貴重な石碑です。
これは、平成になってから新しく作りなおされたものです。
明治29年の大洪水の水位だそうです。明治29年(1896年)9月に琵琶湖流域で発生した洪水は、記録によると、琵琶湖周辺にあるほとんどの市町村が浸水による被害を被り、その期間は237日の長期にわたったとされています。
この大水害は、9月3日から12日の10日間に、滋賀県の年間雨量約1,900mmの半分以上に匹敵する1,008mmもの雨が降り、特に7日は1日で597mmという大豪雨が発生したことによるものです。そのため、琵琶湖の水位がB.S.L.+3.76mまで急上昇し、周辺地域に大洪水をもたらしました。
ちなみにこの水位の高さは、私の肩くらいまでありました。
東日本大震災の報道番組に、津波の碑がテレビで写っていたのを思い出しました。
先人が子孫に自然の怖さを伝える貴重な石碑です。
これは、平成になってから新しく作りなおされたものです。
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