2011年2月27日日曜日

マンホールの蓋(14) 豊郷町

仕事の途中、豊郷町に入りましたので、撮影しました。



豊郷町のマンホールの蓋は“江州音頭”の発祥地として、「提灯」と「踊る人」および「町の花(つつじ)」を図案化しています。


 中央の「町章」は、豊郷の「とよ」を図案化したもので、円形は町内の「和合協力」を、上部の両端を左右に出すことで、「飛躍発展」を、図を斜めに切ることで交通の要所をあらわしているそうです。

町立豊郷小学校の校舎改築問題が全国的に注目されました。滋賀県内にある自治体で最も面積が小さい町です。

2011年2月23日水曜日

鴨のモニュメント

能登川水車から、大同川に沿っての道沿いに幾つものモニュメントがあります。

ちょうど、水車のモニュメント小鮒のモニュメントの間にもう一つのモニュメントがあります。


ずっと気になっていたんです。

鴨に見えるけど、やはり、滋賀の鳥と言うと県の鳥「カイツブリ」ですから・・・。

歩道側に回ってプレートを確認しましたら、鴨でした。

2011年2月20日日曜日

マンホールの蓋(13) 彦根市

配達途中に撮影しました。

彦根市のマンホールの蓋です。


彦根市の「市章」を中央に、その周りに「市章」を小さく形どり、外周に市の花、「橘(たちばな)」を配置したものです。

 「市章」は、市の中心にある“金亀山”の「亀甲」をかたちどり、外わくの右側に「ヒ」、左側に「コ」、中心に「ネ」を配置し、図案化したものだそうです。

うっかり、自分の靴まで写っちゃいました(汗)。

鮒のモニュメント

能登川水車から、琵琶湖に向うと、ちょうど福堂町に入る橋「福堂橋」があります。

その前に、3つのモニュメントがあります。



2つがこの↑水車。なんといっても能登川のシンボルですから。


いつも前を通っていて、

「鯉?鮒?鮒ならヘラブナ?ニゴロブナ?」

疑問に思っていました。
歩道側から見ると、ネームプレートが・・・。

「小鮒」

小鮒って・・・?

かなり大きいんですけど(汗)

2011年2月14日月曜日

マンホールの蓋(12) 東近江市

以前に東近江市のマンホールを書きました。

【関連記事:東近江市のマンホールの蓋

これだけかと思いましたら、他のパターンの蓋も見つけました。


ちなみに、このマンホールの蓋、東近江市の旧能登川の桜ヶ丘地区、若葉地区で確認しました。

他のパターンもあるのかな?

引き続き調査します。

マンホールの蓋(11) 八日市

東近江市(旧八日市)で撮影しました。


旧八日市市の市章が中央に配置されています。

市を保護発展させた近江守護職佐々木六角氏の「六角」と八日市市の「八日」を図案化したものだそうで、中の緑の輪は“円満和合”をあらわしています。

現在は、東近江市の中心になります。

2011年2月11日金曜日

マンホールの蓋(10) 東近江市

東近江市の市章の入ったマンホールの蓋です。




東近江市合併後に下水工事が行われた箇所にありました。

↑写真は、東近江市中州町で撮影しました。

下水工事後、舗装工事が為され、停止線を引く際のチョークのあとが残っています。

2011年2月10日木曜日

水車のモニュメント

能登川水車から、東近江市乙女浜町に渡る「乙女橋」のところに、モニュメントがあります。


いつの頃に出来たのか分かりませんが、この通りにいくつかモニュメントが飾られていて趣きがあります。

これは水車に一番近いところにあるものです。

2011年2月9日水曜日

マンホールの蓋(9) 滋賀県

滋賀県に数多くあるマンホールの蓋です。



中央にかいつぶり

その周りにヨットを配しています。

各地にあるのでしょうが、私が確認している場所。

県道2号線(朝鮮人街道)近江八幡市浅小井町付近。

県道221号線 愛知郡愛荘町 平居~島川付近。

県道52号線 東近江市佐野町付近。

このマンホール、道路の中央寄りにあることもありますので、確認する際は、安全にお気をつけて下さい。

2011年2月7日月曜日

安土城址

息子と安土城址に行ってきました。

NHKの大河ドラマ「江~姫たちの戦国」の舞台となった安土城!!



登り口。息子の背中が写っておりますが・・・。




羽柴秀吉邸跡。
息子のイメージでは、岸谷五朗です。



摠見寺(そうけんじ)。上から見ました。

というのも中入るには拝観料が要りますので、今回は上から・・・。



織田信長廟。

信長のお墓ですが、息子には、ここでなく本能寺で亡くなっているのに、ここにお墓があるのが理解出来ないようです。

まだ、2年生ですし・・・仕方ないです。


↑天守閣跡。

ここまでに、汗だく。

息子、
「お父さん!!昔の人はここ毎日上がってはったんやろか?すごいなぁ。」

ボクも同感です。

2011年2月6日日曜日

マンホールの蓋(8) 安土

近江八幡市と合併した、安土町のマンホールの蓋です。




織田信長が勝運を期して、当時の通貨「永楽通宝」を刀の「鍔(つば)」に刻印して愛用した「まけずの鍔」にちなんで「刀の鍔」と「永楽通宝銭」をデザインしたものです。

安土城が現存していれば、この街ももっと違っていたに違いありません。

マンホールの蓋(7) 近江八幡市

妻の実家が近江八幡なもんで、近江八幡市下水道マンホールの蓋を探してみました。



地球をイメージした円の中央に象形化した八幡山と八幡堀を配し、その周りに日牟礼八幡宮周辺の風景と近江商人の算盤(そろばん)の図柄ののれんを配置したものだそうです。 


デザインが凝っていると、探しがいがありますね。

他のデザインされたものもあるみたいですので、また探してみます。

2011年2月1日火曜日

マンホールの蓋(6) 五個荘

東近江市(五個荘)で見つけました。

旧五個荘町のマンホールの蓋です。



中央に「町章」の、五個荘の「五」を図案化したもので、力強く前進する五個荘町を象徴しています。

近江商人「天びんの里」ですので、もっとデザイン捻っても良かったかとも思いますね。